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ネガティブベイベー

ネガティブでマイナス思考な雑記ブログ。ポジった時はごめんなさい。

乙武さんの著書『五体不満足』でクリスマスに泣いたのを思い出した

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ここ数日、乙武洋匡さんの不倫発覚が大きな話題を呼んでいる。『五体不満足』のAmazonレビューも荒らされまくっているらしい。

そういった報道を見ていたら思い出したんだ。小学校高学年の時のクリスマスを。涙を流したあのクリスマスを。

あ、初めに言っておくとまーーったくいい話じゃないから。それっぽいタイトルだけどいい話じゃないから。ごめんね!


「サンタクロースの存在をいつ頃まで信じていた?」

こう聞かれたら僕は小学校高学年までと答える。

遅い方かもしれないけど、それまで「まあいるわけないでしょ…」と思いつつ心のどこかで信じていた。

小学校低学年の時に手紙を出したら帰ってきたし、クリスマスの数日前に「○○が欲しい」とお願いしたらそれが届いた。もちろん、そういうサービスを利用したり、親が買ってきたりというのが真実なんだけどね。

また幼稚園児だった時、クリスマスの夜中にガサコソと部屋の中で音がしたことがあった(今思えば記憶違いだろうけど)から、それもサンタクロースを信じる根拠のひとつとなっていた。

でも、小学校高学年で迎えたクリスマス、朝に見つけたのはお願いしたゲームソフトではなく『五体不満足』という本だった。

ショックだった。ほんの少しだけ期待していたサンタさんの存在が、完全に否定されたからだ。「あー…やっぱりいなかったんだな…親だったんだな…」と思うと泣いてしまった。

その日までの数日間、お願いしていたゲームを遊んでいる自分の姿を何度も脳内でイメージしていた。すごく楽しみにしていたため、「なんでよりによって本なんだ?」と思うとさらに泣けてきたものだった。

親に聞いた。率直に「なんで本なの?」と。親は「もう高学年だしサンタさんもこういう本を読みなさいって思ったんじゃないの?」と白々しく答えた。それはサンタさんじゃなくて自分たちの考えじゃん、とムカついた。

とはいえ、全く読まないのは親に悪いと思い、ちゃんと読むことにした。


読む前は『五体不満足』というタイトルから、辛かったことが多く書かれているんだろうなと思っていた。だけど、いざ読んでみるとすごく前向きかつポジティブな印象で「大変だろうに強く生きていてすごいなあ」とまさに小学生並みの感想を持ったものだった。

でも全部は読めなかった。悲しくなったからだ。

乙武さんの周りにいる登場人物、両親・先生・同級生は善人ばかりと恵まれ、そういった人たちに愛されていたことが強く伝わってきた。もちろん、意図的に「負」の部分をあまり記述しないようにしていたのかもしれない。

だけど、随所にみられる乙武さんの前向きな言動は、読んでいてつらかった。それだけ前向きでいられるのも、周りから大切にされ、愛されていたことを実感できていたからなんだろうなと思ったからだ。

当時の僕は、周りから大切にされたり愛されたりしているという感覚をとてもじゃないが持てなかった。身体・知的障害といったものではないけど、僕は「普通」の人と同じようにできないことがあって苦しんでいた。親はそんなの知らなかっただろうけどね。

そんな中で渡されたのが『五体不満足』という本だった。きっと僕に「乙武さんと同じように強く前向きに生きていける人になってほしい」みたいなことを親は期待したのだろう。

でも「乙武さんがそう生きられるのは周りの人の大きな愛があったからじゃないか! 自分にはできない! どうすればいいんだよ!」と当時の僕は思い、なんとも言えない悲しい気持ちになって泣いてしまった。

結局、そのクリスマスの日を最後に、『五体不満足』を開くことは二度となかった。僕はもう大人になったけど、今後もきっと開くことはないだろう。


ふと昔を思い出したので書いてみた。
おしまい。

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